とんたんどくとは

一ヶ月以上経っているが、「たべたことない – 狩場の馬鹿力」の続きで、モダンメディア2015年6月号に掲載された記事の紹介を行う。

青木博史 (2015) [野生鳥獣肉の安全性確保に関する研究] 食の安全・安心にかかわる最近の話題 シカとイノシシにおける細菌およびウイルスの血清疫学調査, モダンメディア, 61(6), 173-174.

この論説 (以下、(青木 2015))では、野生のシカとイノシシの血清検体を調べ、豚丹毒に関係するErysipelothrix属の菌に反応する抗体の検出割合を報告している (牛ウイルス性疾病についても書いているが、紹介は割愛)。エゾシカ (北海道)血清26検体、ニホンジカ (九州北東部)血清26検体、イノシシ (九州北部)血清48検体を用い、2種の試験を行ったところ、「いずれの試験でも、シカおよ びイノシシの血清からEr ysipelothrix属菌に反応する抗体が検出され、その陽性率は92~100%に達した」としており、「Erysipelothrix属菌に感染している、または過去に感染していたシカおよびイノシシはかなり多(い)」と書いている。

不勉強なもので、私は豚丹毒 (とんだんどく)という病気を知らなかったのであるが、豚丹毒については、

岡谷友三アレシャンドレ 加藤行男 林谷秀樹 (2007) 豚丹毒とは-古くて新しい人獣共通感染症-, モダンメディア, 53(9), 231-237. – [1]
豚丹毒 – Wikipedia – [2]
動衛研:家畜の監視伝染病 届出伝染病-51 豚丹毒(swine erysipelas) – [3]
豚丹毒 (届出伝染病) (茨木県畜産協会) – [4]
と畜検査で発見される病気 豚編 No5 豚丹毒症 (京都市) – [5]

も参考になる。重要な点として、人獣共通感染症であり、ヒトで敗血症を引き起こす場合がある。

青木 (2015)で用いている血清検体は、野外で狩猟等により捕獲された個体であり、自然死 (病死)していた個体ではないので、我々が捕獲し食べているシカやイノシシも、Erysipelothrix属菌の感染経験がある個体が多いと考えてよいだろう。[2]では「ブタにおける症状は敗血症型、蕁麻疹型、関節炎型および心内膜炎型に分類される」と書かれており、[3]と[5]では感染個体の写真が紹介されていて外見では蕁麻疹や敗血症によるチアノーゼ、内蔵では脾臓の肥大や心臓弁膜のイボが見て取れるが、[4]によると、「ほとんど無症状で豚丹毒とは気付かず、と畜検査で発見されて全廃棄されることもあります」とあるので、感染個体であったとしても一見して分かる特徴を呈しているとは限らないようだ。

感染経路としては、経口感染と創傷感染があり、[1]が引用している文献によれば、吸血性昆虫による伝播も確認されているらしい (私は原著を確認できていない)。とりあえず狩猟者のすべき対策としては、当然のことながら、なるべく素手で獲物の肉 (死体)を扱わない、特に傷があるときは手袋をする、十分な加熱調理をして食べる、という他の感染症対策にも共通することであるが、それに加えて、[3]や[5]で紹介されているような症状を示している個体については、解体の停止、肉の破棄を行うのが良いだろう。

たべたことない

モダンメディアという学術情報誌の2015年6月号で、「食の安全・安心にかかわる最近の話題 特集 野生鳥獣肉の安全性確保に関する研究」という特集が組まれていた。狩猟者にとって興味深い内容が幾つかありそうなので、何回かに分けて紹介したいと思う。

門平 睦代 (2015) [野生鳥獣肉の安全性確保に関する研究] 食の安全・安心にかかわる最近の話題 5万人を対象としたウェブアンケート調査, モダンメディア, 61(6), 171-2.

この論説 (以下、(門平 2015))では、ウェブアンケートにより、野生動物由来の肉を食べたことによる健康被害の発生に関する要因を調べている。ウェブアンケートでは、いずれも狩猟鳥獣である哺乳類3分類 (シカ・イノシシ・クマ)と鳥類3分類 (カモ・キジなど・コジュケイなど)について、これまでに食べたことのある動物種とその頻度、誰が調理したのか、調理方法、食べたあと具合が悪くなったか、今後も食べたいか、の5項目を尋ねている。論説のタイトルにあるように回答数は50000で、対象は20歳以上 (本文からすると60代までが中心)の男女 (男性53.6%, 女性46.4%)、都道府県別の居住地は実際の人口比と類似しているとしている。

(門平 2015)の表1に、動物種別の喫茶頻度の生データが載せられているので、これを元にグラフを作成したのが、左図である。これを見ると、「食べたことはない」の割合が、最も低いイノシシでも85%となっており、アンケートに答えた大多数の人は狩猟肉を食べたことが無い (あるいは食べた記憶・認識が無い)と分かる。(門平 2015)の本文中では、「男性の方が女性より2~3倍ほど野生由来肉を食べている傾向」が見られると書かれているが、それにしても低い割合である。

食べたあと具合が悪くなったか、という質問の答えに関して、他の質問項目との関係性を解析したところ、リスク要因として上位にきたのは、「シカを自らで捕獲・調理した」、「カモのタタキ (半生)を食べた」、「イノシシの干し肉を食べた」であり、「有意差のあった要因すべてが、生の肉との接触、または、調理不完全の肉の摂取に関連していた」、としている。

狩猟者としては、肉に火をきちんと通して食べることを、自分が調理する時もそうであるが、他人に提供する時は特に意識し、食中毒の発生低減に寄与していきたい。市場に流通している牛肉や豚肉ほどの品質に持っていくことはできないが、それでもある程度の安全性が保たれていないと、野生肉消費の拡大は難しい。

ちなみに私は狩猟3年目で、これまでにシカ・イノシシ・ハクビシンの肉を合計で数十kg食べているが、イノシシの脂で胃もたれしたことを除くと、特に健康被害を被ってはいない。

ぼたんじるうまい

私が思うに、猪肉は焼くよりも煮る方が良い。煮るとなると、臭みを消すために味噌、酒、生姜等を用いることが多く、それに加えて醤油、味醂などを入れて味をつければ、まず失敗せずに猪肉を調理できる。

ところで、猪肉を用いた料理としては、牡丹鍋の方が知名度として上であろう。牡丹”鍋”と牡丹”汁”は材料に違いがあるわけではなく、調理の進行方法に差異がある。鍋というのは、家庭でやる場合と料理店では異なるかも知れないが、食卓の上に設置された鍋に次々と材料を投入しながら、煮えた頃合いを見計らって取り出し食べる、というイメージが強い。この方法で行う牡丹鍋の利点は、肉を最適なタイミングで取り出すことができる、ということだ。猪肉は完全に火を通して食べるべきだが、煮すぎてしまっては肉本体に味が残らない。よって、猪肉を肉として堪能するためには、目の前で少しずつ煮ながら良い具合になったところで取り出しすぐ食べる、というのが合理的である。また、鍋の場合は生の状態の材料が食卓に置かれるので、牡丹の名の由来となった綺麗な赤色の肉質と白い脂肪の対比を目で見て楽しむということもできる。

しかしながら、材料を次々に入れて次々に食べる、という鍋方式には欠点もある。それは灰汁の取り出しが難しいということである。猪肉を煮ると灰汁が大量に出るので、一緒に煮ている野菜などもおいしく食べるためには灰汁の丁寧な除去が欠かせない。これを怠ると、最初のうちはよいが、後半になるにつれて汁が濁り酷い状態になってしまうのだ。連続した調理を前提としない牡丹汁では、この欠点が解消される。まず肉を茹でて、灰汁を完全に除去してから野菜と調味料を投入すればよい。火の通り具合をきちんと調節したければ、肉と野菜を別々に煮る。

私が作る牡丹汁の材料は猪肉の他に、大根、ネギ、油揚、竹輪、椎茸、蒟蒻などである。およそ和風の煮物に用いられる材料であれば何でも構わないと思う。調味料は、酒、味醂、味噌、醤油、生姜である。味噌は普通の混合味噌だが、甘めが好きなら麦味噌も良い。