しかにくのぶい

シカ肉の部位について書きたいと思う。

私の周りにいる狩猟者の多くは、獲れたシカを丁寧に解体して肉の一片も無駄にしないように、などという努力はしない。なぜならシカは猟期中に多数手に入るからである。

全日本鹿協会 (商品開発) – [1]
農林水産省/平成26年度 食料・農業・農村白書(平成27年5月26日公表) – [2]

例えば体重50kgのシカをきちんと解体したとすると、[1]によれば雄ジカの正肉歩留まりが41%なので、20.5kgの肉を入手してしまう。これを猟期中に5匹獲ったとすると、合計100kg以上である。日本人1人当たりの平均牛肉消費量は[2]によると年間約6kgであり、豚肉と鶏肉を合わせても30kg程度であることから、100kgが簡単に消費できる量ではないことが分かる。

ちなみに私は昨年度、シカ、イノシシ、ハクビシンで合計約70kgを精肉にした。自分個人で消費する以外に、食事会を開いたり、肉そのものを人に譲渡したりもしたが、未だ消費し尽くすことができず、あと2ヶ月で次の猟期を迎えようとしている。

では私の知る多くの狩猟者はどうしているかというと、「いいとこ取り」である。つまり、価値の高い部位だけ切り取ってあとは埋めてしまうのである。私も狩猟を始めた極初期には、肉をなるべく無駄にしないようにと思って解体していたが、今では「いいとこ取り」が基本である。

この「いいとこ取り」で言う「いいとこ」とは具体的にどこなのか、というのがこの記事で書きたいことである。

肉の部位については、猟師の中でもあーだこーだと議論が起こるが、基本的に各部位の価値は次のような要素によって決定される。

食味

塊の大きさ
切り出しと精肉へのしやすさ
調理のしやすさ

そもそも部位の分け方が人によって異なるのだが、私が精肉にする部位での分け方では次のようになる。

ネック
背ロース
ヒレ
モモ
カタ
スジ
ハツ
タン

これを、1頭から取れる量で並べると、[2]も参考にしつつ、概ね次のようになると思う。なお、()はほぼ差が無いものとして表記する。

モモ → カタ → スジ → 背ロース → ネック → (ハツ → ヒレ) → タン

次に、簡易な方法で調理したときの食味で良い方から並べると、個人の好みもあるだろうが、私は次のような順だと思う。

タン → ヒレ → 背ロース → モモ → ハツ → (カタ → ネック → スジ)

さらに、切り出しと精肉へのしやすさでは次のような順になると思う。

背ロース → (モモ → カタ → ネック) → ハツ → ヒレ → スジ → タン

上記の評価順を念頭に起きつつ、各部位の評価をそれぞれ書いてみる。

・背ロースは、(タンやヒレよりも)量が取れ、食味が良く、肉を取り出すのが最も容易である。
・モモは、取れる量が最も多く、取り出しも容易で、食味も悪くない。付け加えるなら塊の大きさも各部位中最大であるのでステーキに向く。
・タンとヒレは、食味が非常に良いが、取れる量が少なく、また取り出しにも手間がかかる。なお、タンは下処理が多少面倒。
・カタとネックはそれなりに量が取れ、取り出しも容易であるが、食味は優れていない。
・スジは量が取れるが、精肉および調理が面倒である。なお、食味順では最後尾にしたが、調理方法によっては他の部位に引けを取らない。
・ハツは内臓類の中では最も扱いやすい。普通の肉ばかりでは飽きてくるので、アクセント的な価値も含む。

という訳で、シカを1頭捕獲したときに私が取り出す優先順位としては、

背ロース → モモ → ハツ → ヒレ → タン

が上位にくる。もし、自宅の冷凍庫がモモ肉で埋まっていたら、モモは割愛してヒレとハツを回収し、時間があればタンも取り出すという選択をするかも知れない。

まぁ狩猟者にとっては、色々な部位の調理を試みつつ、自分が価値のあると思う部位を決めていけばいい話なので、上記のような説明は必要ないかもしれないが、狩猟者以外でシカ肉に興味のあると言う人に参考にして欲しい。例えば、ヒレやタンが美味であると聞いたからといって、知り合いの狩猟者にヒレとタンをくれるように頼んでも、1頭から取れる量はわずかだし、取り出しには手間がかかる。もし複数人で狩猟をしている人であれば、肉分配の際にそのような希少部位を確保するのは困難であるかも知れない。一方、背ロースやモモは取り出しが容易なので、肉を多く手に入れている狩猟者であれば、負担を感じずに渡してくれる可能性が高い。塊が大きく簡単な方法で調理しても美味しく食べやすい。

しゅりょうにく

狩猟で得た肉の価値に関する基本的な考え方について書きたいと思う。

狩猟者でない人に、私が狩猟を行っていることを話すと、多くの場合、これまでにシカやイノシシの肉を食べたことがあるかないか、そして食べたことがある人であれば、それが美味しかったか不味かったか、という話になる。食べた経験のある人の中には、シカやイノシシの肉に対して好意的な感想を持っている人もいるが、「食べたことあるけど臭くてダメ」とか「癖が強くて食べられたものじゃない」といったことを言う人の方が過半数である (特にイノシシ肉について)。そういった否定的な意見を持つ人たちに私がまず言うのは、狩猟で得た肉の味にはバラツキが大きいということである。

ウシは乳牛と肉牛がいてややこしくなるので、ブタとイノシシの比較で話を進めていこう。

牛・豚の基礎知識 -牛・豚の出荷 – [1]

[1]によると、肉として出荷されるブタは、生後180-190日で屠場へ連れて行かれる。つまり、私達が食べている豚肉の殆どは、生後半年前後の個体である。一方、野生イノシシの捕獲時 (=肉となる時)における齢はバラバラである。その年に生まれたばかりで体重10kg以下の0歳個体もいれば、5歳以上で体重100kg以上の個体もいる。年齢、体重にこれだけの差異があれば、肉の質 (=味)にも差があるのは当然である。一般には若い個体ほど肉が柔らかく臭みも少ないとされている。

また野生イノシシには捕獲時の季節による差異も生じる。飼育されたブタは生育段階に応じて決まった餌が十分に与えられるため、出荷される季節による品質の変動が低く抑えられているが、野外では季節ごとに餌の種類や量が大きく変わるため、イノシシの肉質は季節による変動が大きい。一般には、冬季に捕獲されたものが脂肪が豊富で臭みも少ないとされている。

さらに肉の質に大きな影響を与えるものとして、捕獲方法や捕獲後の処理方法、そして保存方法が挙げられる。狩猟においては、血抜きや解体の手法が統一されておらず、その場の状況においても変化することがある。適切に血抜きされていない肉は、美味しく食べるのが難しくなる。一方の豚肉は、と畜場でマニュアル化された手法により処理・管理されるため、安定した品質を保つことができている。

加えて、これは野生イノシシもブタも同一であるが、肉には部位によって性質が大きく異なる。一概にどの部位が美味しいということはできないが、少なくとも脂肪の割合や肉の固さには、部位によって一定の傾向がある。

以上のように、野生イノシシの肉は、年齢・季節・捕獲や処理の方法が様々であることから、飼育されたブタに比べて肉の質に大きなバラツキがある。また単に「イノシシ肉」と言った場合には、ブタやウシ等の畜産動物と同じく、肉の部位による差異を無視していないか考慮する必要がある。よって、過去にイノシシの肉を食べて「不味い」という感想を持ったからといって、「全てのイノシシ肉は不味い」と結論付けるのは適切ではない。とはいえ、適切に処理したところで(少なくとも私の意見では)不味い個体は確かにあるし、処理が適切でない肉を手に入れてしまう場合も往々にしてあるので、品質の不明なイノシシ肉には手を出さず、より品質が安定した豚肉を食べるという判断は間違っていない。

書く気が起きたら、この続きとして、そもそも肉の味における癖や臭みとはなんなのか、について私の意見を書きたい。

狩猟で得た肉に価値があるのかどうか、というのは狩猟者にとって非常に重要な問題である。もしも「シカやイノシシの肉は不味くて食えたものではない」、あるいはそこまでいかずとも、「牛や豚を食べたほうがずっとマシで、コストを鑑みれば狩猟をして肉を得る意味など全くない」という意見が一般的となってしまえば、「狩猟者というのは動物を殺すことに楽しみを覚える野蛮人である」といった中傷がまかり通ることになるからだ。

しかのやきにく

ニホンジカのロース肉

 今回調理するのは、先日獲れたニホンジカ (♂)のロース肉、約330g。一旦冷凍したものを、冷蔵庫でゆっくり解凍し、半解凍になった状態です。この状態だと、包丁でも薄切りにするのが楽です。ただし肉を押さえる手が物凄く冷えるので、布巾か何かを被せて押さえるといいかも知れません。肉色は濃い赤ですが、適切に血抜きされた個体です。

薄切りにしたニホンジカのロース肉

 包丁で厚さ7~8mmの薄切りにします。おそらく肉の繊維方向と垂直に切るのが吉です。解体してブロック肉にしたときに取り除ききれなかった筋や薄皮を、ここで丁寧に取ります。あとは軽く包丁の背で叩いて、塩・胡椒を振りました。

シカの焼肉で一緒に痛める野菜

 肉は別の容器に入れておいて、一緒に炒める野菜を切ります。今回は九条ネギとニラです。冷蔵庫にあった中から適当に選んだだけです。葉野菜やモヤシでも全く問題ありません。

シカ肉を炒める

 加熱したフライパンにオリーブ油をたっぷり引き、薄切りにしたシカ肉を投入します。この厚さなら、表面の色が変わった段階で食べられるはずなので、一通り赤いところがなくなるよう菜箸で裏返したりしながら炒めます。

シカの焼肉が完成

 表面の赤部分が全体の10%程度になったら、先ほど切っておいた野菜を投入し、気持ち野菜を下側に入れる感じで回して炒め、シカの焼肉が完成です。

 食べてみると、仄かに独特の香りがする以外は全くクセが無く、美味しいです。また肉質は柔らかく、噛みきれないなどということはありません。もちろん、個体や季節、また部位によっては固かったり味にクセがあったりする場合もありますが、今回調理した肉は少なくとも季節と部位が良いものだったので、美味しく頂けました。何人かの知り合いにも食べてもらいましたが、いたって好評でした。