シカの残渣処理で一悶着起きた話を書く。
私が他の2人の従事者と共同で罠を設置・見回りしている場所でシカの捕獲があった日、近い場所でもう1頭シカの捕獲があった。ただしその個体がかかったのは、私が設置・見廻りに参加している罠ではなく、私と共同でやっているもう1人の従事者 (以下、Aさんとする)が、個人的に設置している罠であった。なので、私の立場からすると、共同でやっているエリアで捕獲されたシカについては責任があるものの、もう1頭の個体については責任も権利も無い。とは言え、殺したシカの運搬は2頭ともAさんの車で行うこととなったので、2頭の処理をAさんと私で行なった。Aさんは猟友会の中では若いが私より年上でなおかつ狩猟歴も長い先輩猟師である。
刺し止めは分かれて行い、私は自分が参加している共同エリアの罠にかかった個体を、Aさんは自身が個人的にかけた罠にかかった方を殺した。しかし、山中から道路までの運搬は、1人ではできない (内臓を抜いた子鹿なら可能、引き摺るなら中型個体でも可能)ため、どちらも2人で行った。この時、捕獲されたシカは2頭とも比較的大型であったため、2人であっても運ぶのはなかなか大変であり、私は先に内臓を抜くことをAさんに提案した。内臓はシカの全重量のうち少なくとも3割程度を占めており、先に抜いておけば運搬が格段に楽である。しかしAさんはそれに同意せず (車が汚れるのを嫌ったためと思われる)、内臓が入ったまま運ぶこととなった。思えばこれが間違いの始まりであった。
2頭の解体は、Aさんが所属する団体が所有する施設で行うこととなった。Aさんが言うには、解体して出た内蔵や骨を埋められる場所も、そのAさんの所属する団体が持っている畑の脇にあるらしい。私はそれらの場所を使用したことはこれまで無かったが、素直にAさんに従うこととした。
ところが、予想以上に時間がかかり、結局2頭のシカを解体し終えたのは午前0時を過ぎた頃だった。シカを積んだ車が解体場所に到着したのが4時頃であることを考えると、驚異的な遅さである。私が途中で4時間ほど所用で抜けたというのもあるが、それにしても遅い。Aさんは解体を丁寧に行う人で、それは鹿肉の有効利用という観点からして決して悪いことではないが、シカ2頭を今日中に処理しなければならないという状況においては、価値のある部位 (背ロース、モモ、ヒレ)を優先的に切り取って残りは諦める、ということが必要である。それなのに、Aさんは最初の1頭を肋肉まで丁寧に取っていたようで、私が所用から戻ってきた10時頃の時点では、まだ1頭が丸々残っていたのである。私は慌てて残りの1頭から背ロースとモモを切り取ったが、それだけなら袋詰めまでしても1時間とかからない。
その後も解体に使用した施設の片付けやらなんやらで時間がかかり、撤収できる段階になった時点で日付が変わっていた。だがまだ重要なものが残っている。そう、解体後に出た内蔵その他諸々の残渣である。内蔵だけでも日が落ちる前に埋めに行っていれば良かったものを、Aさんの判断に任せていたら、こんな時間に2頭分の残渣を抱え込むハメになったのである。残渣は45Lの袋に6袋もあったのだが、Aさんが言うには解体場所に一晩置いておくということはできないらしい。Aさんの車は軽トラのように荷台のあるタイプではないので、車にそのまま積んでおくということもできない。しかも詳しくは分からないが、Aさんの体調が大分悪そうである。ここでようやくAさんに判断を任せていてはダメだと気づいた私は、とりあえずこの6袋の残渣を、猟友会が所有する別の小屋 (私は普段こちらで解体を行っている)に移し、一旦寝て日が出てから改めて捨てにいくことにしよう、と提案をした。袋に小分けされているので、私一人でもバイクの荷台に載せて運ぶことが可能である。最悪、Aさんが明朝出てこれなくても、これなら何とかなる。Aさんもこれに同意、6袋の残渣を猟友会の小屋に運び込んだ。
しかし6袋を猟友会の小屋に運び込んだ段階で、流石に6袋は多いなと私は思い、そして気づいた。明日 (正確には日付が変わっていたので今日だが)は燃えるゴミの回収日だということに。そして残渣を入れた袋は京都市指定のゴミ袋 (燃えるゴミ45L)である。このまま帰宅すると、時間は夜中の3時頃になるだろうから、Aさんと私が1袋ずつ持って帰ってそのままゴミ捨て場に置いておけば、山に埋めなければならない残渣は残り4袋になるではないか。私がそれを説明すると、Aさんも了解し私たちは1袋ずつ持ち帰ってそれぞれ自宅近くのゴミ捨て場に置いた。
翌朝、私は玄関のチャイムの音で目を覚ました。そうだ、一昨日購入した品物が宅配便で届く予定だったな、と思い玄関の扉を開けると、予想通り大手通販サイトからの荷物を持った宅配員がいた。いつも通り伝票にサインをして荷物を受け取り、扉を閉めようとしたのであるが、その時、宅配員と入れ替わりに、私が居住する階の廊下に1人の制服警官が現れた。そして扉を閉めようとしていた私を見つけると急いで近づいてきて、こう尋ねてきた。
「血のついたものを捨てませんでしたか」
うあー。寝起きとは言え、警官がマンションの廊下にいるのを見た時点で嫌な予感はしていたのであるが、見事的中である。嘘を吐いたりごまかそうとしても結局バレるのは目に見えているので、私は素直にシカの内臓を捨てたと供述した。するとその警察官は、
「発見しましたー!!」
と無線で連絡。数分のうちに、4,5名の制服警官がやってきて、私は玄関先で警官に取り囲まれてしまった。警官らの説明によると、私が出したゴミ袋が回収前にカラスかネコかに破かれ、中に入っていた血のついた内臓がゴミ捨て場に散乱し、それを発見したマンションの管理人から警察へ通報があった、ということであった。この時の私の心境としては、自分の出したゴミでゴミ捨て場 (公道上)を汚したのは申し訳ないが、シカの捕獲は合法的に行っているし、ゴミを捨てること自体は違法でないから、大した問題ではなかろうと思っていた。そこで、玄関を取り囲んだ警官らに、狩猟免状や許可証、それに昨日捕獲した際に撮った写真 (申請用なので日付を書いたパネルが一緒に写っている)を見せ、私が昨日、確かにシカを合法的に捕獲した、ということを納得してもらった。が、それでお終いということにはならず、「ちょ~とお話聞かせてもらいたいので、署まで来ていただけますか」と言われてしまったので、パトカーに乗せられ任意同行することになってしまった。
ちなみに、私の隣に住んでいる年下の男性に、私が警官に取り囲まれているところをバッチリ見られてしまった。
パトカーに乗るのは初めてだったが、セダンタイプの非常に乗り心地のいい車であった。もちろん後部座席に座らせられたが、両脇に警官ということはなく (手錠もはめられてないし)、運転の警官1名と、私の横に警官1名であった。最寄りの警察署は、車で行くと10分弱のところにあるので、任意同行パトカーの旅はあっというまに終わってしまった。パトカーは署の裏側にある駐車場に留められ、私は裏口から署に連れ込まれ、生活安全課の取調室に入れられた。この取調室というのが、灰色の机に卓上ランプが置いてあるという、あまりに刑事ドラマで見た取調室と同じ感じで驚かされた。
取調室に入ると、まずは荷物検査である。私はショルダーバックに狩猟関係の書類やデジカメ、それにペットボトルのお茶などを入れていたが、それらに加え、ポケットの中身まで机の上に出してチェックされた。危険物などは所持していなかったので、荷物検査はパス。続いて、デジカメに入っている写真データの提出を求められ、許諾。が、警察署のシステムは事前に登録していないUSB機器やSDカードなどを接続すると、警告が出る仕組みになっているらしく、データの吸い出しはせずに、デジカメの液晶画面でプレビューして、それを警察のデジカメで撮影する、ということになったらしい。セキュリティー対策のためとは言え、面倒なことである。
デジカメを預けた後は、取調開始。本人確認から始め、色々質問される。なぜか知らないが、同じ警官がずっと質問をしてくるのではなく、入れ替わり立ち替わり2,3名が入ってくる。中には猟友会の総会で見たことのある警官もいた。興味深かったのは、私のような相手にも、「脅し役となだめ役」の手法を使ってきたことだ。ある警官は「いや~、わざわざ署まで来てもらってすみませんね~」と笑顔で話かけてくるのに、別の警官は「こっちが悪質だと判断したら、逮捕・起訴だってできるんだぞ!」と凄んで脅しをかけてくる。私はこの程度の案件で、逮捕・起訴はおろか書類送検だってするはずは無いと分かっていたので、持参したペットボトルのお茶を飲みつつ、「一体全体何の法律に引っかかるんだ」と聞いてやったら、「それは……清掃法とかだな」 (※正式名称は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」)と苦し紛れに答えていたが、家庭ゴミを京都市指定の袋に入れて、指定の回収日に出しているだけなので、少なくとも逮捕・起訴に至るような案件ではないはずだ。
警官らが取調室の外で話し合った結果 (ただし、必ず1名は取調室で私を見張っている)、私は反省文を書かされることになった。、わな猟だけを行っている私としては、反省文すら書く必要は無いと思ったのだが、銃所持者にとっては警察との関係が良好でないと困るので、所属する猟友会のことを考え、おとなしく警官に言われた通りの文面で反省文を書き、拇印を押した。反省文の内容としては、「不適切なことだと思わず行ってしまったが、今後は気をつけます」といった感じである。
反省文を書いてしまったら、あとはもうさっさと帰ってくれ、という雰囲気になったが、ここでなだめ役の警官から「どうやって帰りますか」と聞かれる。こっちはパトカーで連れてこられたので、てっきりパトカーで送ってもらえるものだと思っていたのだが、その警官が言うには、事件の被害者や目撃者などは公用車で送ることもあるが、私のように警察に協力したわけではない人を車で送ることはしないらしい。仕方ないので20分以上歩いて帰宅することになった。最初から分かっていれば、任意同行を求められた時に、バイクで行くと言えば良かった、と思ったが、それを警官が了承するのかは分からない。同じような機会があったら試してみたいと思う。ちなみに、この時点でマンションの玄関先で警官と遭遇してから約2時間経過していた。
徒歩で帰る道すがら、今回の件を警察に通報したマンションの管理会社と、所属する猟友会支部の会長、それにAさんに電話で連絡をした。マンションの管理会社は、私が狩猟を行っていること自体を知らなかったので、マンションの室内で解体を行っているのかどうかや、銃を所持しているのかどうかと色々聞いてきたが、私は銃は所持しておらず罠だけで、解体は別の場所でやって肉の塊だけ持って帰っている、と説明したところ、それなら別に問題ないと言われた。ゴミ捨てについては今後気をつけますと言っておいた。猟友会支部の会長には、Aさんと共同で行っていた狩猟で出た残渣で問題が生じたこと (Aさんが関わっていたことは警察には話していない)を含め、細かい経緯を説明しておいた。こちらも今後気をつけるようにと言われたぐらいで済んだ。
とまぁここまでは、長々と書いて警察の取り調べに対する愚痴も若干含まれてはいるが、私としてはそれほど大した出来事ではなかった。狩猟をしていればこれくらいのことは起こるだろう、と予想していた範疇である。トークのネタが1つ増えたな、ぐらいに思っていた。ところが、この一連の出来事で私にとって多大なストレスとなったのは、主にその後のAさんとのやりとりだった。
ここで改めて確認しておきたいことがある。
(1) 捕獲のあった当日、処理したシカは2頭で、1頭はAさん個人が設置した罠での捕獲、もう1頭がAさんと私と他1名 (当日は現場に立ち会わなかった狩猟者)の計3名で設置していた罠での捕獲、である。
(2) Aさんは私より年上で、狩猟歴も長い。
(3) 捕獲後、当初はAさん主導で解体・処理の段取りが行われ、結果としてシカの処理に多大な時間を要し、残渣処理が困難になった。
(4) 4袋を猟友会の小屋に置いて明朝処理、2袋は2人が1袋ずつ持ち帰って燃えるゴミに出す、という提案はAさんも了承した。
以上のことからして、今回私が家庭ゴミとしてシカの残渣を捨てるに至った経緯には、Aさんの責任が少なからずあるというか、(3)の理由でほぼAさんの所為だと私は思う。それにも関わらず、私は警察での取調べ中にAさんの名前を一切出さなかったのだから、Aさんから感謝されることはあっても、文句を言われたりする謂れはないと思っていた。ところが、電話やその後一緒に残渣処理をしたときの、まぁAさんの小言の多いこと。まるで自分の非は一切無いかのような口ぶりであった。そもそも、(1)で確認したように、Aさんはあの場にあった残渣のうち、少なくとも2/3について責任があったのだ。それに(4)から分かるように、Aさんも私と同じように残渣をゴミとして捨てているわけで、たまたま問題にならなかっただけである。Aさんからすれば、私の出したゴミが問題になりさえしなければ、自分も猟友会支部の会長から小言を言われず済んだのに、と思っているのだろうが、(1)から(4)までの自分の責任をすっかり忘れているかのような態度であり、私としては非常にイラっときた。
残渣処理に関する騒動はこんな感じで後味悪く終わったが、その後しばらくしてから起こったエピソードを2つ紹介する。
1つ目は、この件が生じてから一月ほど経ったときのことであるが、ある日私が帰宅して玄関の扉を開けているとき、私の隣に住んでいる男子大学生が彼女と思しき女性を連れて廊下に現れた。特に会釈もせず私は家の中に入って扉を閉めようとしたのであるが、私が玄関扉を閉めきる前に、隣人の連れていた女性が、「なんだ、めっちゃ普通の人じゃん」と言うのが聞こえてしまった。想像するに、「いやーこないださ、俺の隣に住んでる奴が、何か知らんけど玄関先で警官に取り囲まれてたんだわ」的な話を、隣人が彼女にしていたのだろう。まぁ逆の立場なら私も方々で話す。彼女はいないけど……。たまたまその時、私はスーツ姿だったので、隣人の彼女の目に、私は普通の人として映ったようだ。めでたしめでたし。
2つ目。私はこの件における反省点の1つとして、近隣に私が狩猟を行っていることを知っている人が少なかったから、大事になってしまったのではないか、と考え、狩猟への理解を深めてもらう目的で、居住する建物の住人を招いて獣肉食事会を開催することにした。もちろん参加無料、知り合いを誘ってきても良いという条件で、同じ階に住む住人に案内ビラを送付し、自宅の扉にも案内を掲示した。ところが、ビラの投函と扉への掲示を行った2日後、マンションの管理会社から電話がかかってきて、食事会の開催を止めるよう言われた。参加者から金を取るとなれば話は別だが、無料で開催して住人同士の交友を深めようとする集まりの何が悪いんだ、と私は食い下がったが、向こうはトラブル防止の一点張りであった。結果、開催中止とせざるをえず、私としては住民の権利を侵害されたという思いが強いが、あまり強く出られない立場なので、諦めた。後日、改めて開催することを計画している。