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2016/06/27にニホンジカ♀が罠にかかっていた。共同で有害鳥獣捕獲をやっている場所で、私の罠ではないため詳細は書けないが、笠松式と呼ばれるタイプの罠である。ワイヤーは左後足にかかっていた。

現場は鳥獣保護区であるが、わな猟のみ有害鳥獣捕獲 (ニホンジカ)の許可が降りている。個体数密度が非常に高いようで、見廻りに行く度に2,3匹、多いときは5,6匹のシカを目撃していたため、すぐに掛かるとは思っていたが、設置後1週間でまずは1匹目が獲れた。

鳥獣保護区で有害捕獲を行う場合、シカの密度が高く警戒心も少ないので、最初の1匹を獲るのは割とすぐなイメージがあるが、問題はここからである。特定のエリアでのみ許可が出ているので、罠を設置できる箇所が少なく、2匹目、3匹目を獲るのが難しいのだ。

きょうかいせん

野生動物に関わるニュースを観ていて、例えば人間が山の中で熊に襲われた事件なんかだと、「熊のテリトリーに入った人間の方が悪い」とか「山は熊の住処なのだから自業自得」、というような意見を持っている人が一定数いるようだ。ネットニュースなどに付けられるコメントではこれらが大多数を占める。

私も、山に入るということには熊に限らず様々なリスクがあって、どんな理由があって山に入るとしても、そのリスクを負う覚悟が必要だとは思うが、被害に遭った人が他人から責められたり、馬鹿にされたりするのは間違っていると思う。

前述のようなコメントをする人に悪意があるとは思わないが、私に言わせれば、ナチュラリストを気取った無知な発言である。

まずはっきり言えるのは、熊にしろ猪にしろ、奴等の生息域に明確な境界線など存在しない、ということ。都市部に住んでいる人にはイメージが無いのかも知れないが、ここから先は山で熊が出るから危険、ここより手前は人間の住処で100%安全、などという状況は存在しない。動物園のように堀や鉄柵で動物と人が分けられている様を想定して、山と村との関係を語られてはたまったものではない。

次に、考えてみて欲しいが、もし「この辺りより奥だとクマが結構出るけど、これより手前では滅多に出ない」という情報があったとして、その情報はどうやって得られたのだろうか。クマの全個体にGPS発信機が付いているとか、山間にクマなく監視カメラが設置されているわけでないのは小学生でも分かると思う。これは山に入る人間が、クマの姿なり痕跡なりを確認しているからに他ならない。動物の個体数や行動範囲は常に変化しているので、山に入る人が居続けなければ、危険性の高さを評価するための情報は得られない。

加えて、山は動物が棲息するための場所、という認識がそもそも正しくない (全ての人が納得するわけではない)。日本において森林の約4割は植林地と言われている。植林地とはつまり人間が生産活動を行う場である。残りの天然林でも、薪炭利用こそ少なくなったが、きのこ類の栽培などに森林が利用されている。人が住んでいる集落の周りにある山林は、ほぼ人間の手が入っていると言っても過言ではない。タケノコ、山菜、きのこ類は、都市部に住んでいる人間が考えている以上に、重要な山の産物である。

人間の居住区に近い山林で、人間が生産・採集を行い続けるためには、山に入り続けることが必要である。動物たちとの戦線を押し上げて行かないと、逆に山林に隣接する畑や市街地まで、動物たちが攻め上って来てしまう。この前線付近では、人間と動物の衝突がこれからも続くだろう。人間が山に入る必要があり、実際にそうする以上、この戦いは避けて通れない。意識のあるなしに関わらず、人間の活動範囲を守るため、前線で戦っている人々に対し、私は感謝したい。

私は罠猟師であるが、自分が罠を仕掛けているエリアが猪や鹿との最前線で、すぐ後ろには集落と田畑、という場所もある。こういった場所では、たとえ動物が罠にかからなくても、見廻りのため定期的に山へ入ることは、前線の押し上げに効果があると考えている。

とんたんどくとは

一ヶ月以上経っているが、「たべたことない – 狩場の馬鹿力」の続きで、モダンメディア2015年6月号に掲載された記事の紹介を行う。

青木博史 (2015) [野生鳥獣肉の安全性確保に関する研究] 食の安全・安心にかかわる最近の話題 シカとイノシシにおける細菌およびウイルスの血清疫学調査, モダンメディア, 61(6), 173-174.

この論説 (以下、(青木 2015))では、野生のシカとイノシシの血清検体を調べ、豚丹毒に関係するErysipelothrix属の菌に反応する抗体の検出割合を報告している (牛ウイルス性疾病についても書いているが、紹介は割愛)。エゾシカ (北海道)血清26検体、ニホンジカ (九州北東部)血清26検体、イノシシ (九州北部)血清48検体を用い、2種の試験を行ったところ、「いずれの試験でも、シカおよ びイノシシの血清からEr ysipelothrix属菌に反応する抗体が検出され、その陽性率は92~100%に達した」としており、「Erysipelothrix属菌に感染している、または過去に感染していたシカおよびイノシシはかなり多(い)」と書いている。

不勉強なもので、私は豚丹毒 (とんだんどく)という病気を知らなかったのであるが、豚丹毒については、

岡谷友三アレシャンドレ 加藤行男 林谷秀樹 (2007) 豚丹毒とは-古くて新しい人獣共通感染症-, モダンメディア, 53(9), 231-237. – [1]
豚丹毒 – Wikipedia – [2]
動衛研:家畜の監視伝染病 届出伝染病-51 豚丹毒(swine erysipelas) – [3]
豚丹毒 (届出伝染病) (茨木県畜産協会) – [4]
と畜検査で発見される病気 豚編 No5 豚丹毒症 (京都市) – [5]

も参考になる。重要な点として、人獣共通感染症であり、ヒトで敗血症を引き起こす場合がある。

青木 (2015)で用いている血清検体は、野外で狩猟等により捕獲された個体であり、自然死 (病死)していた個体ではないので、我々が捕獲し食べているシカやイノシシも、Erysipelothrix属菌の感染経験がある個体が多いと考えてよいだろう。[2]では「ブタにおける症状は敗血症型、蕁麻疹型、関節炎型および心内膜炎型に分類される」と書かれており、[3]と[5]では感染個体の写真が紹介されていて外見では蕁麻疹や敗血症によるチアノーゼ、内蔵では脾臓の肥大や心臓弁膜のイボが見て取れるが、[4]によると、「ほとんど無症状で豚丹毒とは気付かず、と畜検査で発見されて全廃棄されることもあります」とあるので、感染個体であったとしても一見して分かる特徴を呈しているとは限らないようだ。

感染経路としては、経口感染と創傷感染があり、[1]が引用している文献によれば、吸血性昆虫による伝播も確認されているらしい (私は原著を確認できていない)。とりあえず狩猟者のすべき対策としては、当然のことながら、なるべく素手で獲物の肉 (死体)を扱わない、特に傷があるときは手袋をする、十分な加熱調理をして食べる、という他の感染症対策にも共通することであるが、それに加えて、[3]や[5]で紹介されているような症状を示している個体については、解体の停止、肉の破棄を行うのが良いだろう。