あらたなめをつむ

罠にかかったニホンジカ♀ 2015/02/03にニホンジカ♀が罠にかかっていた。罠はオーエスピー商会のしまるくん (12cm)。ワイヤーは右後脚にかかっていた。これまでに私が足括り罠で捕獲した12匹の獣はすべて前脚にワイヤーがかかっており、後脚にかかったのは初である。師匠によると、ワイヤーが後脚にかかった場合、獣はより勢いをつけてワイヤーを引っ張ることができるので、脚切りが生じる可能性が上がるという。同じ理由かどうか分からないが、今回罠にかかったニホンジカは、ワイヤーの端を結わえつけていた直径7〜8cmの木を根っこから引き抜き、逃走を図っていた。そのため私が発見した時点では、罠の設置場所から10m程度離れた場所まで移動していた。ただ、ワイヤーを結わえていた木は3m以上の高さがあり、それを引き摺ったまま林内を移動するということは土台無理で、結果別の木に引っかかって足止めされていた。このように、固定が不安定な状態だったので、私は罠のワイヤーとは別にロープをシカの首にかけ、身動き取れないようにしてから止め刺しを行った。

ニホンジカの胎児1 今回捕獲したのは♀の成獣だったので、お腹の中に胎児がいた。ニホンジカ♀の成獣は毎年1頭ずつ子を生む。今回取り出した胎児は、頭から尾までが約30cm、まだまだ小さい。

ニホンジカの退治2 (脚) しかしながら、シカの特徴はすでにあり、足の蹄も色や硬さは別にして、親と全く同じ形である。

ニホンジカの胎児3 (頭) 耳は後頭部に左右重なって引っ付いている。

ニホンジカの胎児4 (尾) 尾もちゃんとある。

 私はこの胎児を骨格標本作成のため持ち帰ったが、Wikipediaによると鹿の胎児を薬用として用いる風習があったようである (鹿のさご – Wikipedia)。ただ、「鹿のさご」で検索してもWikipediaの記述以外に有用そうな情報は見当たらないので、古い文献にあるのみなのか、不明な点が多い。鹿の駆除という名目からすると、♂を獲るより♀を獲る方が効果があるし、子供が産まれる前に穫れたのは良いことである。胎児の観察もなかなか興味深いものであった。

じつにもたいなし

罠にかかったニホンジカ♂ 2015/01/19にニホンジカ♂が罠にかかっていた。かかってはいたが、死んでいた。昨年4月にも同じ場所でシカが罠にかかり死んでいたが、これも♂だった。罠の見廻りは交代で毎日していたのであるが、それでも死んでしまうときは死んでしまう。罠は”げんごろう”の”だらずわな”で、ワイヤーは右前脚の副蹄より下にかかっていた。角の具合から2年目の個体と思われる。

ニホンジカがかかった罠の位置関係 写真で赤い丸が罠の作動地点、青がワイヤーの根元を括り付けてあった木、そして緑の線が獣道である。写っている範囲では無いが、写真の手前側に糠を撒いていた。この場所は鳥獣保護区なのであるが、農業被害軽減のため行政から依頼を受けて有害鳥獣捕獲をしている場所である。罠をかけられる範囲は狭いし、落陽広葉樹林なので落ち葉が積もっていて獣道ははっきりしないなど難点もあるのだが、シカの数はそれなりにいる。

ワイヤーで括られたニホンジカの脚 鹿が死亡していた理由としては、ワイヤーが脚にかかった状態でぐるぐると移動した結果、付近にあった細い木などに絡まり、勢い余って転倒、体を打ち付けたことが原因と思われる。罠にかかった獣の死亡を避けるため、ワイヤーは長く (3m程度)しておいた方が良いという話も聞くが、私の師匠は脚切りを避けるためワイヤーは短く (1m程度)すべきだと言う。このあたりは人により意見が分かれる。

わなとおりのさい

イノシシとシカの捕獲に使われる罠としては、箱罠とくくり罠の2つが最も一般的である。他に囲い罠と呼ばれるものも存在するが、設備が大掛かりになりやすいので、個人で行っているという話はあまり聞かず、主に行政によって使われるイメージが強い。この箱罠とくくり罠、前者を”檻”、後者を単に”罠”と呼ぶ場合もあるが、この2つはコンセプトからしてまったく異なる猟具であると言える。

箱罠は普通、地表に設置され、金網によって構成されるその姿は獣から丸見えである。しかしながら、箱罠の内部および周辺部に撒かれた餌に誘引され、獣は箱罠内部に侵入し、捕獲されるのである。

一方、くくり罠は普通、地中に設置され、地表面近くに設置するタイプのものでも、完全に露出した状態にすることは稀である。罠を構成するバネやワイヤー等も地中に埋めて、獣に罠の存在を気付かせないための配慮がされる。罠は獣道に設置されることが多く、設置場所の前後に誘引目的で餌を撒くこともあるが、餌がなくとも獣がそこを通ることで捕獲に至る。

このような特性の違いにより、この2種類の罠では捕獲される獣の種類や個体の状態に差異があると考えられる。これに関する興味深い結果を示した論文を発見したので紹介する。

木場 有紀, 坂口 実香, 村岡 里香, 小櫃 剛人, 谷田 創 (2009) 広島県呉市上蒲刈島におけるイノシシの食性. 哺乳類科学 49(2), 207-215.

この論文 (以下、(木場ほか 2009))は、主にイノシシの胃内容物を用いた食性調査の結果を示すものであり、肉眼により分類された胃内容物の構成を季節毎に調べたり、その化学組成についても分析を行ったりしている。その中の結果の一部として、調査に用いたイノシシの捕獲方法と体重の関係性についても記している。

(木場ほか 2009)によると、用いたサンプル計268個体のうち、箱罠で捕獲されたものが116個体、くくり罠で捕獲されたものが152個体であったが、その平均体重は、箱罠では32.2±19.4 (SD) kg、くくり罠では43.1±22.0 (SD) kgであり、捕獲方法により体重に有意差が見られた (Mann-WhitneyのU検定: P < 0.0001)としている。

つまり簡単に言うと、箱罠とくくり罠では、くくり罠の方がより体重の重いイノシシが捕獲される、ということを示唆する結果となっている。

ただしそう結論づけるには幾つか問題がある。(1)記録されたイノシシの体重は猟師が推定したものであり、単位は恐らく極小型のもので1kg刻み、多くは10kg刻みと思われる (「体重の最小値は6kg,最大値は120kgであった.」との記述より)。(2)月別のサンプル捕獲数は論文中で示されているが、罠種別の内訳は不明である。(3)箱罠とくくり罠がそれぞれ1種類の罠だけを用いているかどうか不明である。

(1)については、屠殺や内臓の取り出しを野外でやる都合上、正確な重量を計測するのは困難であったためと思われる。(2)一般にニホンイノシシの体重は季節により大きく変わり、また餌による誘引の効果は自然環境に存在する餌の量 (季節により変化する)に影響を受けると考えられるため。(3)くくり罠の構造や箱罠で用いる餌の種類は、捕獲される個体の特性に影響を与えると考えられるが、これらは狩猟者が適宜変更している可能性が高い。

上記のような理由もあってか、主に胃内容物の分析を扱っている(木場ほか 2009)では、この結果に対する考察はほとんどなされていない。

とはいえ、罠猟師であれば、「箱罠よりもくくり罠の方が大きな猪がかかりやすい」という結果には納得がいくと思われる。私も周りにいる数名の猟師から話を聞いただけであるが、「檻には大きいイノシシが入りにくい」という見解を共通して持っているようだ。イノシシは単独で行動することもあるが、雌親+子や姉妹個体により構成された小さなグループで行動していることもある。そのため、檻によって捕獲される瞬間を、同じグループで行動していた他個体が目撃する機会があると考えられる。捕獲を免れ箱罠に対する恐怖心を抱いた個体は、歳を重ねる毎に成長していくわけであるが、檻に入ることはなくなり、結果として「檻では経験の少ない小さなイノシシばかり捕獲される」という予想である。一方、くくり罠に対してもイノシシは経験によって回避することができるようになるかも知れないが、その程度は存在が丸見えな箱罠よりも低いと想定される。

これに加え私は、くくり罠の構造や設置方法がより大きな個体を捕獲する傾向を持つのではないかとも考えている。くくり罠は、獣が特定の場所を踏むことで発動する罠である。一般にくくり罠は”ある程度の”力で踏み込まないと作動しないような構造になっているか、あるいはそのように設置される。それはイタチやタヌキ等の外道による罠の作動を避けるためでもあるが、こうすることにより、イノシシであっても幼獣では罠が作動しない可能性が多々あるということになる。実際、1年目の幼獣が捕獲されるのは、檻が殆どのようである。

これら2つの想定される要因、つまり「経験を積んだ大きな個体は箱罠に入りにくい」と「体重の軽い個体はくくり罠にかかりにくい」が合わさって、(木場ほか 2009)で報告されたような罠種別による平均体重の差異というものが生じたのではないかと考えられる。

さらに考えられる別の要因としては、設置場所の差異というものがあり、運搬の容易さの違いから箱罠とくくり罠では、設置できる場所の範囲 (車道からの距離、斜面か平地か、等)にも差があると考えられ、イノシシの体サイズによって利用する空間の傾向に差異があるとすれば、そのような設置場所の違いにも影響を受けると予想できる。

長々と書いたが、「箱罠とくくり罠では、捕獲されるイノシシの大きさに差があり、くくり罠の方がより大きい個体を捕獲する傾向にある」というのは確かそうだと私は思う。さらにそこから発展して、大きい個体を獲るのと小さい個体を獲るのでは、どちらがイノシシの個体数を維持しつつ肉資源を効率よく得られるのか、といった議論に至ると有意義であるが、一つ言えるのは、檻で捕獲されることの多い幼獣の肉は柔らかくて美味だということである。