あくまですいてい

鳥取県は禁猟政策を維持: 新・新・優しい雷(復刻あり) – [1]
第4回日本奥山学会 発表会 – 最近のクマ類 生息個体数推定 (PDF) – [2]
坂田宏志 岸本康誉 関香奈子 (2011) ツキノワグマの生息動向と個体数の推定. 兵庫ワイルドライフモノグラフ 3, 26―38 (PDF) – [3]
ツキノワグマ保護計画 (兵庫県, PDF) – [4]
日本奥山学会 – [5]

[1]を読んで知った、兵庫県におけるツキノワグマの個体数推定に関する批判について。具体的には、[3]とそれを引用している[4]に対する批判を[2]が行っている。[2]は山上俊彦氏という経済学者が、日本奥山学会という「奥山復元・再生方法の研究などに取り組む研究者の発掘・育成をめざして設立された」 ([5]より)団体の研究発表会で発表した内容の概要という資料であり、詳細は奥山学会誌4号という資料に載せられているそうなのであるが、私はそれを入手出来ていないので、不完全な情報の中でこれらに対する意見を述べることになる。
(※注 記事公開後に、山上俊彦氏の発表した紀要を発見したため、関連する資料を加えて記事末尾、及び必要と思われる各所に追記した。2016/07/26)

[2]の中で山上俊彦氏は、[3]における個体数推定の問題点を指摘しており、兵庫県における個体数が過大に推定されている、と批判している。もっともらしいことも書いてあるが、幾つか腑に落ちない点があるので列挙する。

(1) 「2010年の捕獲数が異常に多い」のに、「異常に高い捕獲数を内容について吟味することなく無修正で使用すると、生息数が過大に推定されるのは当然」と書いている ([2]より)が、[3]では、捕獲率 (捕獲数/実際の生息数)はブナ科堅実類 (所謂ドングリ)の豊凶によって変動すると想定し、豊凶指数をモデルに組み込んでいる。決して、「無修正で使用」しているわけではない。
(※注 2016/07/26追記: [7]の資料で山上俊彦氏は、[3]の手法について、「捕獲率や自然増加率は基本的に一定と想定しているものの,ブナ科堅果類の豊凶による循環的要因を反映して毎年,変動するように調整されている」と記しており、[7]では「無修正で使用」したとは認識していないことが分かる)

(2) [2]の図2で、2010年における再捕獲数・標識付生息個体数比の値が間違っている気がする。図2は[3]を元に作成したと書かれているが、[2]の図2で2010年における再捕獲数・標識付生息個体数比の値は0.5を上回っているように見えるものの、私の計算ではこの値は約0.457になる。単なる打ち間違えか、[3]の表記が修正された可能性もある。

(3) H22年度に70頭が殺処分され、「たくさん捕獲されてたくさん殺処分されると、実際は、生息数は減るのですが、計算上は、どんどん増えてクマが爆発増加したことになってしまいました」と書いているが、実際にはH22年度以外は「たくさん殺処分」してはいない。[4]の表4に各年における殺処分数が書かれているが、確かにH22年度は70頭殺しているものの、その後の4年間 (H26年度のデータは3月分のデータが欠けているので若干増える可能性はあるが)での殺処分数は合わせても64頭。平均では16頭/年しか殺していない。[3]では兵庫県のツキノワグマにおける自然増加率を「中央値で20%前後」としているが、自然増加率がそれより少ない10%で、個体数が200〜300 (後述)と仮定しても、16頭/年の殺処分では個体数は増加する。計算上で増えてもなんの不思議もないし、そもそも[2]の図1 ([4]から引用)で、「たくさん殺処分」した次の年であるH23の推定生息数は前年度からちゃんと減っているではないか。

(4) 「クマが長生きしたという説明に基づいて標識付き個体数を過去にさかのぼって逆算すると、マイナスの値になってしまいます。ということで、推定個体数はやはり過大推定された数値だったということになります」と[2]で書いているが、[3]あるいは[4]が生息個体数を過大に推定しているという根拠は無い。どういう計算をしたのか分からないが、推定が過大か過小か、断言するためには、1頭残らず数える以外に無い。ただし、[3]と[4]を見比べると、後からデータを足して再計算した[4]における推定生息数は、[3]の時よりも低めの値を出しているので、[3]における推定結果は[4]よりも過大に生息数を見積もっていた、と言うのは正しい。

(5) [2]によると、山上俊彦氏は「私は、200頭〜300頭程度しかいないと思いますよ」と発言したようだが、これこそ全く根拠のない数字である。他人の推定結果を批判しておいて、こんな無責任な発言をしてはいけない。奥山学会の編集部が表現を意図的に歪めた可能性も捨てきれないが。

その他、これは山上俊彦氏の発表内容とは関係ないが、[2]で山上俊彦氏を (京都大学経済学部卒)と書いていることには多少の苛立ちを覚える。

山上 俊彦 日本福祉大学教員情報 – [6]

[6]によれば、山上俊彦氏は確かに京都大学経済学部も卒業しているが、最終学歴は、「ウィスコンシン大学ミルウォーキー校大学院 修了 経済学修士」である。だったら「ウィスコンシン大学大学院修士卒」と書けばいい。それを、(京都大学経済学部卒)と書いたほうが内容の説得力が増すとでも思っているのだろうか。ちなみに、私は学歴が高ければ言っていることも正しいとは全然思わないが、[3]の第一著者である坂田宏志氏は、農学博士で京都大学大学院修了である。

これくらいで[2]の批判は終えたいと思うが、[1]では[2]を引き合いに出して「MCMC法(Markov chain Monte Carlo Methods)を用いた階層ベイズ法による個体数推定法でクマ類の生息推定数を算出することが無理である」と書いている。「推定数を算出することが無理」というのは日本語として間違っているが、恐らく「MCMC法を用いた階層ベイズ法による推定法でクマ類の生息個体数を正確に算出することは無理である」と言いたかったと思われる。その前提で話を進めるが、どんな方法を用いるにせよ、個体数推定が不完全であるのは当然である。「推定」であって「数え上げ」ではないのだから。だから、生息数が500頭か501頭か、あるいは510頭かということは推定をする上で問題ではない。[3]の著者や[4]を作成した行政がどう思っているかは分からないが、私に言わせれば、500頭か600頭か、というレベルでも真値との誤差は大して問題ではない。実際の生息数と2,3倍異なっていたとしても構わないと思う。重要なのは、増えているのか減っているのか、そしてそれが目撃数・捕獲数 (錯誤を含む)・人身被害・農林業被害の増減を説明し、将来を予想するのに役立つか、ということである。[4]によると、兵庫県は推定生息数が400頭以上で「有害捕獲個体は原則殺処分」、800頭以上で「狩猟禁止を解除」する、という方針を立てている。これを多くの人は「生息数が400頭を超えたら殺す」と捉えてしまいがちだが、実際はそうではない。[4]には、推定生息数400頭以上で「有害捕獲個体は原則殺処分」とする方針の考え方として、

平成22年の推定生息数567頭では、ブナ科堅果類が凶作の中、出没件数1623件、人身事故発生4件となった。このような状況は地域住民の許容の限度を超えており、絶滅を回避し安定的なものとするため狩猟の禁止は継続するものの、有害捕獲個体は原則殺処分とすることにより、安全と安心を確保する。
(下線は私が付与)

としている。つまり、ある方法で生息数が567頭と推定される状況下で、これは人間からすると許容出来ない被害を及ぼす可能性が高い (被害が発生するかはブナ科堅実の豊凶に左右されると考えられる)生息数、と判断しているのである。ここで、実際の生息数が567頭だったかどうかは関係ない。本当は200頭かも知れないし、1000頭かも知れないが、そんなことはどうでもいいのである。生息数が567頭と推定される状況で許容できない被害が発生したのなら、生息数がより少ないと推定される状況にすれば良いのである。この推定は捕獲数や標識を付けた個体が再捕獲される割合などの数字を用いて算出しているのであるから、捕獲数が減り、再捕獲の割合が増えればよいのである。

数字というのは、「増えたような気がする」といった感覚的なものと比べ、インパクトのあるデータなので、野生生物保護 (あるいは獣害対策)に詳しく無い人間に対して説得力のある説明をしようとすると、どうしても生息数推定を含めた数字のデータを出せねばならない。しかしその数字を見て、ちょっと賢い程度の人間が、推定値にケチを付けるというのは、無駄であり場合によっては有害だと私は思う。

(以下、2016/07/26の追記)

山上俊彦 (2014) 階層ベイズ法によるクマ類生息個体数推定についての検討. 日本福祉大学研究紀要-現代と文化 130, 15―43 (PDF) – [7]
間野勉 大井徹 横山真弓 高柳敦 日本哺乳類学会クマ保護管理検討作業部 (2008) 日本におけるクマ類の個体群管理の現状と課題. 哺乳類科学 48, 43―55 (PDF) – [8]
坂田宏志 岸本康誉 関香菜子 (2012) ツキノワグマの個体群動態の推定 (兵庫県2011年). 兵庫ワイルドライフレポート 1, 32―43 (PDF) – [9]
藤田昌弘 ツキノワグマについて 2005年山口県ツキノワグマ共生推進講習会資料 (PDF) – [10]

本記事を公開した当初は、[7]の資料を発見できていなかったが、これは[2]で要約されている内容と密接に関係する資料であると考えられるため、これを読んで改めて私の意見を記したい。

[7]を読んでまず思ったのは、山上俊彦氏は「自然増加率」についての認識が不足しているのではないか、ということ。

(6) [7]で、「クマ類は生息密度が低く,増加率が低いことが知られている」と書いて[8]を注記に加えているが、[8]にはクマ類の増加率が低いことに関するデータは一切書かれていない

(7) [7]で、「年 11.5%というクマ類としては相当に高いと思われる自然増加率を用いても(略)」と書いて、[9]で推定された11.5% ([9]では「自然増加率は、2002年から2011年の中央値の平均で11.6%と推定された。」(下線付加)と記されているが、[9]に記された生息数推定値から別の計算方法によって11.6%の値を出したと思われる)は、ツキノワグマの自然増加率としては高い値だと言っているが、この数値が高いのか低いのかについては、何の根拠もない。[7]では別の箇所で、ツキノワグマの自然増加率を5%と記している[10]を注記に含めているが、[10]が学術的に引用できるような資料であるとはとても言えない。

(8) [7]で「「2011 推定」は,「2010 推定」の自然増加率が下方修正されたものとなっていることが分かる」と書いている (ここで言う「2011年推定」は[3]の結果を、「2012年推定」は[9]の結果を指す)が、正確には、[3]の結果は、1994年から2010年までの推定された各年の自然増加率が中央値の平均で22.5%であると言っており、[9]は2002年から2011年について11.6%である、との結果を示している。長くなるので省略するが、[7]の各所に散見される他の文章や山上俊彦氏の作成したグラフを見ると、どうも山上俊彦氏は自然増加率が個体数密度や環境条件に依らず一定である、と考えているように思えてならない。自然増加率が一定であるなどという前提は[3]も[9]もしておらず、生態学者なら当然しない。

(6)〜(8)より、[7]における山上俊彦氏の文章において、特に「自然増加率」 ([7]のキワードにも含められているが)について述べたものは信用に値せず、無価値なものであると私は考える。

こうちけんすごい

鳥獣被害対策のためのマニュアルが色々と作成されており、ネット上で閲覧できるものも幾つかあるが、高知県が発行している、

わな猟シカ捕獲マニュアル | 高知県庁ホームページ

の出来が素晴らしい。くくり罠を用いた猟についてだけでも、17ページに渡って写真やイラストをふんだんに用い解説していて、非常に分かりやすい。しかも内容が実践的で、かなり深いことも書いてある。くくり罠猟を始めようと思っている人、始めたばかりの人に役立つと思う。

特に興味深いのは、「名人の技に学ぶ」のコーナーで、5人の名人が用いている技法について、1人につき1ページを割いて紹介しているところだ。以下に5人の特徴を表にまとめてみる。

くくり罠猟歴 バネの特徴と動作の向き 作動方式 備考
28年 引きバネ縦引きタイプ 踏み込み式/蹴糸式 2つの輪が同時に締まる仕組み
17年 松葉式バネ縦引きタイプ 踏み込み式
33年 松葉式バネ縦引きタイプ 踏み込み式
23年 松葉式バネ縦引きタイプ 踏み込み式 ガイドに塩ビ管使用
1年 押しバネ跳ね上げタイプ 踏み込み式 銃猟歴40年

面白いことに、くくり罠猟歴1年の人を除く4人は、縦引きタイプを使用しており、うち3人は深めの穴を掘る必要がある、「松葉式バネ縦引きタイプ」+「踏み込み式」の組み合わせだ (くくり罠猟歴28年の人は踏み込み式も用いているようだが、紙面で紹介されているのは蹴糸式に見える)。最近は、穴を深く掘る必要が無い跳ね上げタイプ (笠松式)を使う人も多く、特に行政等で採用される傾向が強いようだが (高知県も押しバネ跳ね上げタイプを配布している)、縦引きにこだわる人はまだまだ居るとの印象を受けた。

私の師匠と私の使っている罠 (だらずわな)と設置の方法は、上記の名人達と多少の違いはあれど「松葉式バネ縦引きタイプ」+「踏み込み式」であり、私としてもこの方式には価値を感じている。私の知る限り、跳ね上げタイプ (笠松式)は完全に地中に埋めて隠すのが難しく、埋めたら埋めたで括り位置が下がってしまう。罠の方式による差異については、おいおい詳細な記事を書きたいと思っている。

とんたんどくとは

一ヶ月以上経っているが、「たべたことない – 狩場の馬鹿力」の続きで、モダンメディア2015年6月号に掲載された記事の紹介を行う。

青木博史 (2015) [野生鳥獣肉の安全性確保に関する研究] 食の安全・安心にかかわる最近の話題 シカとイノシシにおける細菌およびウイルスの血清疫学調査, モダンメディア, 61(6), 173-174.

この論説 (以下、(青木 2015))では、野生のシカとイノシシの血清検体を調べ、豚丹毒に関係するErysipelothrix属の菌に反応する抗体の検出割合を報告している (牛ウイルス性疾病についても書いているが、紹介は割愛)。エゾシカ (北海道)血清26検体、ニホンジカ (九州北東部)血清26検体、イノシシ (九州北部)血清48検体を用い、2種の試験を行ったところ、「いずれの試験でも、シカおよ びイノシシの血清からEr ysipelothrix属菌に反応する抗体が検出され、その陽性率は92~100%に達した」としており、「Erysipelothrix属菌に感染している、または過去に感染していたシカおよびイノシシはかなり多(い)」と書いている。

不勉強なもので、私は豚丹毒 (とんだんどく)という病気を知らなかったのであるが、豚丹毒については、

岡谷友三アレシャンドレ 加藤行男 林谷秀樹 (2007) 豚丹毒とは-古くて新しい人獣共通感染症-, モダンメディア, 53(9), 231-237. – [1]
豚丹毒 – Wikipedia – [2]
動衛研:家畜の監視伝染病 届出伝染病-51 豚丹毒(swine erysipelas) – [3]
豚丹毒 (届出伝染病) (茨木県畜産協会) – [4]
と畜検査で発見される病気 豚編 No5 豚丹毒症 (京都市) – [5]

も参考になる。重要な点として、人獣共通感染症であり、ヒトで敗血症を引き起こす場合がある。

青木 (2015)で用いている血清検体は、野外で狩猟等により捕獲された個体であり、自然死 (病死)していた個体ではないので、我々が捕獲し食べているシカやイノシシも、Erysipelothrix属菌の感染経験がある個体が多いと考えてよいだろう。[2]では「ブタにおける症状は敗血症型、蕁麻疹型、関節炎型および心内膜炎型に分類される」と書かれており、[3]と[5]では感染個体の写真が紹介されていて外見では蕁麻疹や敗血症によるチアノーゼ、内蔵では脾臓の肥大や心臓弁膜のイボが見て取れるが、[4]によると、「ほとんど無症状で豚丹毒とは気付かず、と畜検査で発見されて全廃棄されることもあります」とあるので、感染個体であったとしても一見して分かる特徴を呈しているとは限らないようだ。

感染経路としては、経口感染と創傷感染があり、[1]が引用している文献によれば、吸血性昆虫による伝播も確認されているらしい (私は原著を確認できていない)。とりあえず狩猟者のすべき対策としては、当然のことながら、なるべく素手で獲物の肉 (死体)を扱わない、特に傷があるときは手袋をする、十分な加熱調理をして食べる、という他の感染症対策にも共通することであるが、それに加えて、[3]や[5]で紹介されているような症状を示している個体については、解体の停止、肉の破棄を行うのが良いだろう。