わなとおりのさい

イノシシとシカの捕獲に使われる罠としては、箱罠とくくり罠の2つが最も一般的である。他に囲い罠と呼ばれるものも存在するが、設備が大掛かりになりやすいので、個人で行っているという話はあまり聞かず、主に行政によって使われるイメージが強い。この箱罠とくくり罠、前者を”檻”、後者を単に”罠”と呼ぶ場合もあるが、この2つはコンセプトからしてまったく異なる猟具であると言える。

箱罠は普通、地表に設置され、金網によって構成されるその姿は獣から丸見えである。しかしながら、箱罠の内部および周辺部に撒かれた餌に誘引され、獣は箱罠内部に侵入し、捕獲されるのである。

一方、くくり罠は普通、地中に設置され、地表面近くに設置するタイプのものでも、完全に露出した状態にすることは稀である。罠を構成するバネやワイヤー等も地中に埋めて、獣に罠の存在を気付かせないための配慮がされる。罠は獣道に設置されることが多く、設置場所の前後に誘引目的で餌を撒くこともあるが、餌がなくとも獣がそこを通ることで捕獲に至る。

このような特性の違いにより、この2種類の罠では捕獲される獣の種類や個体の状態に差異があると考えられる。これに関する興味深い結果を示した論文を発見したので紹介する。

木場 有紀, 坂口 実香, 村岡 里香, 小櫃 剛人, 谷田 創 (2009) 広島県呉市上蒲刈島におけるイノシシの食性. 哺乳類科学 49(2), 207-215.

この論文 (以下、(木場ほか 2009))は、主にイノシシの胃内容物を用いた食性調査の結果を示すものであり、肉眼により分類された胃内容物の構成を季節毎に調べたり、その化学組成についても分析を行ったりしている。その中の結果の一部として、調査に用いたイノシシの捕獲方法と体重の関係性についても記している。

(木場ほか 2009)によると、用いたサンプル計268個体のうち、箱罠で捕獲されたものが116個体、くくり罠で捕獲されたものが152個体であったが、その平均体重は、箱罠では32.2±19.4 (SD) kg、くくり罠では43.1±22.0 (SD) kgであり、捕獲方法により体重に有意差が見られた (Mann-WhitneyのU検定: P < 0.0001)としている。

つまり簡単に言うと、箱罠とくくり罠では、くくり罠の方がより体重の重いイノシシが捕獲される、ということを示唆する結果となっている。

ただしそう結論づけるには幾つか問題がある。(1)記録されたイノシシの体重は猟師が推定したものであり、単位は恐らく極小型のもので1kg刻み、多くは10kg刻みと思われる (「体重の最小値は6kg,最大値は120kgであった.」との記述より)。(2)月別のサンプル捕獲数は論文中で示されているが、罠種別の内訳は不明である。(3)箱罠とくくり罠がそれぞれ1種類の罠だけを用いているかどうか不明である。

(1)については、屠殺や内臓の取り出しを野外でやる都合上、正確な重量を計測するのは困難であったためと思われる。(2)一般にニホンイノシシの体重は季節により大きく変わり、また餌による誘引の効果は自然環境に存在する餌の量 (季節により変化する)に影響を受けると考えられるため。(3)くくり罠の構造や箱罠で用いる餌の種類は、捕獲される個体の特性に影響を与えると考えられるが、これらは狩猟者が適宜変更している可能性が高い。

上記のような理由もあってか、主に胃内容物の分析を扱っている(木場ほか 2009)では、この結果に対する考察はほとんどなされていない。

とはいえ、罠猟師であれば、「箱罠よりもくくり罠の方が大きな猪がかかりやすい」という結果には納得がいくと思われる。私も周りにいる数名の猟師から話を聞いただけであるが、「檻には大きいイノシシが入りにくい」という見解を共通して持っているようだ。イノシシは単独で行動することもあるが、雌親+子や姉妹個体により構成された小さなグループで行動していることもある。そのため、檻によって捕獲される瞬間を、同じグループで行動していた他個体が目撃する機会があると考えられる。捕獲を免れ箱罠に対する恐怖心を抱いた個体は、歳を重ねる毎に成長していくわけであるが、檻に入ることはなくなり、結果として「檻では経験の少ない小さなイノシシばかり捕獲される」という予想である。一方、くくり罠に対してもイノシシは経験によって回避することができるようになるかも知れないが、その程度は存在が丸見えな箱罠よりも低いと想定される。

これに加え私は、くくり罠の構造や設置方法がより大きな個体を捕獲する傾向を持つのではないかとも考えている。くくり罠は、獣が特定の場所を踏むことで発動する罠である。一般にくくり罠は”ある程度の”力で踏み込まないと作動しないような構造になっているか、あるいはそのように設置される。それはイタチやタヌキ等の外道による罠の作動を避けるためでもあるが、こうすることにより、イノシシであっても幼獣では罠が作動しない可能性が多々あるということになる。実際、1年目の幼獣が捕獲されるのは、檻が殆どのようである。

これら2つの想定される要因、つまり「経験を積んだ大きな個体は箱罠に入りにくい」と「体重の軽い個体はくくり罠にかかりにくい」が合わさって、(木場ほか 2009)で報告されたような罠種別による平均体重の差異というものが生じたのではないかと考えられる。

さらに考えられる別の要因としては、設置場所の差異というものがあり、運搬の容易さの違いから箱罠とくくり罠では、設置できる場所の範囲 (車道からの距離、斜面か平地か、等)にも差があると考えられ、イノシシの体サイズによって利用する空間の傾向に差異があるとすれば、そのような設置場所の違いにも影響を受けると予想できる。

長々と書いたが、「箱罠とくくり罠では、捕獲されるイノシシの大きさに差があり、くくり罠の方がより大きい個体を捕獲する傾向にある」というのは確かそうだと私は思う。さらにそこから発展して、大きい個体を獲るのと小さい個体を獲るのでは、どちらがイノシシの個体数を維持しつつ肉資源を効率よく得られるのか、といった議論に至ると有意義であるが、一つ言えるのは、檻で捕獲されることの多い幼獣の肉は柔らかくて美味だということである。

はじめてきいたよ

 先日ハクビシン♂を捕獲した際に、持ち合わせていたリニアPCMレコーダーでハクビシンの威嚇音を録音することができたので公開する。


Download (mp3) [126kB]

 ハクビシンの鳴き声についてはYouTubeなどでも探すと見つかるが、威嚇音ではないものが多いため、今回公開した音声は多少の価値を持つと思われる。音声は、2分間弱の間に3回鳴いたものを24bit/96kHzで録音し、空白を詰めた上でmp3に書き出している。

しかのあしきり

ニホンジカが足切りして逃げた跡

 前回 (「にまんにせんえん | 狩場の馬鹿力」)、ニホンジカがかかった場所のすぐ近くでまた罠が作動していた。しかし空ハジキではなく、足の先端が残されていた。足切りである。

 最初の写真で、赤丸で囲った辺りが罠を設置していた場所 (足を踏み入れると作動する部分)、緑が罠の根元を括り付けていた木、そして青が作動した後、引き出されたバネ部分と残されたニホンジカの足である。

故有事: シカの前足と後足の蹄 Cloven-hoofs of sikadeer’s fore & hind legs – [1]
ニホンジカの被害防止パンフレット (兵庫県森林動物センター) – [2]

 [1]によると、シカは前足の方が後足より大きいが、差は僅かである ([2]では「大きさはほぼ同じ」と書かれている)。私には、残されたニホンジカの足が前足のものか後足のものかは区別できなかった。

 私が師匠から聞いた話では、足切りされるのは罠が後足にかかったときが多いらしい。前足にワイヤーがかかった状態では、獲物が助走をつけて引っ張ろうにも、前足がガクッとなって躓くためである (本当かどうかは分からない)。この助走をつけさせないために、ワイヤーはなるべく短くする (余った部分は木に巻きつける等)ことも教わった。ちなみに、罠がかかるのは圧倒的に前足が多いらしい。実際、私がこれまで捕獲した計3頭のニホンイノシシ・ニホンジカも、全て罠は前足にかかっていた。これは、奴等が前進を基本とし、なおかつ歩くときは前足で踏んだところを後足も踏むようにしていることに起因する。ただし坂道等の条件により、後足が前足で踏んでいないところを踏むようなことがあると、罠は後足にかかる。

足切りされて残ったニホンジカの足

 足切りへの対策としては、ワイヤーの長さを短くする (今回は大分短い方である)ことや、見廻りの頻度を上げる (現在は1日1回。罠の周囲が大分荒れているので、一定時間はその場にいたと思われる)以外に、ワイヤーの途中に丈夫なゴムチューブ等を取り付ける方法がある。これは、釣りで使われるショックリーダーのようなものである。今後も足切れが繰り返し生じる場合は検討したいと思う。

 今回はシカということで危険性は比較的少ないと思われるが、イノシシの場合には罠にかかって興奮した状態で足切りにより解き放たれると、人間に害を及ぼす危険性が高まることも考えらる。また、足の先端が無い動物が人目に触れると、猟に対して悪感情を持たれることもあるだろう。それに第一、こちらの労力的にも足切りされるのは痛手である。私はまだ経験が浅いので、自分の狩猟方法でこういった事態がどれほどの頻度で発生するのか分からないが、今後も記録・観察をしっかりし、対策を考えて行きたい。